平成16年2月2日に、名古屋国税局管内から電子申告の受付が開始され、私は当時、名古屋税理士会の電子申告担当責任者の立場にありました。 そこで、暗中模索ながら、諸条件もギリギリの取得で、e-TAXソフトを使って、2月2日の午前9時3分49秒に国税庁のサーバーに最初の送信をさせていただきました。以来その経験を踏まえて、全国に体験談をお話しする機会が増えると同時に、確定申告期及び毎月の法人の申告において少しでも電子申告を試みようと現在も努力しております。
また、全国の税理士若しくは他団体の方々との意見交換において、電子申告・電子納税のあるべき姿について議論してまいりました。国民の多くが望む「小さくて効率的な政府の実現」を、心から切望し、この件について熱いほど各方面で語っています。
その思いから、今回の「IT新改革戦略」の「21世紀型社会経済活動」についてコメントを申し上げる次第であります。
わが国のインターネット環境が諸外国に比べ安価で使いやすい現状にあることは周知の事実であります。この件は、日本はインターネットの光と影についてまで、小学生が語れるほどに浸透した社会に成長したものと喜ばしく思います。 一方、「国の扱うほとんどの手続においてインターネットによる申請等が可能となっている。」と言うことではありますが、国民はこの事実を認識していません。さらに体感した者に至っては、ほんの少数であります。
電子申告については、納税者の0.64%(平成17年12月8日現在、167,033件)の利用です。これは平成16年2月2日から2年近く経過した時点の累積値あり、納税者全体の1%にも及んでいません。当に、利用している者が珍しいと言う事態になってしまっています。
<参考>http://www.e-tax.nta.go.jp/topics/kensu.html
これは、「国税e-TAXシステム」が使うに至らないもの、あるいは使ったところで何の特にならないものであると国民に判断されてしまっていることに原因があります。 システム作成側は苦慮して作成し国民の利便性に寄与するものになるようにあらゆる配慮をして作成されたものだと信じますが、思想が根本的にプロダクトアウトになっています。「ここまでシステムを整備したのだから、これを使わせる。」と言う発想で電子申告推進をしているのが実態です。
民間は今、どのような商品開発であってもマーケットイン思想で開発をしなければ、その商品は市場で受け入れられず、物は売れません。
したがって、まず、電子申告・電子納税を普及するためには、発想をマーケットインに変えていくことが肝要です。
市場において、納税者・利用者は、具体的に見える利便性を求めます。
「自宅やオフィスにいながら申告ができる」「税務署や金融機関に行かなくてもいい」程度の利便性は、その事前準備のわずらわしさや、
ハードルの高さに比較して全く説得力がありません。全く新しい制度の導入には、大きな目に見える、あるいははっきり体感できるものでなければ普及は難しいものです。
この具体的方法はいくつかあります。しかし、直接的で最大の方法は、当初から私が強く主張していることは、「インセンティブの付与」です。
「インセンティブの付与」についても複数の考え方があると考えます。
納税者のインセンティブにつきましては、いわゆる電子申告控除が考えられます。実際に電子申告をするにあたって、納税者にお願いすることはICカードの取得と、ICカードリーダライタ(以後ICCR/W)購入です。もちろん、スペックの低いPC所有者には最新のものに買い換えていただく費用を強いることになります。PCの購入費まで電子申告控除対象になれば、大変な普及が見込まれます。現在は10万円もあればPCの購入は可能ですが、この金額に見合う電子申告控除が実現すれば、増税傾向の税制改革の中で大きな目玉となると同時に、マスコミ等に大きく取り上げられて世の中の話題になり、国民の皆が意識するようになるもの確信します。
現実的な問題としては、少なくともICカードの取得費(住基カードの場合1000円+写真代)とICCR/Wの購入費(税理士会経由で非接触型が1万円)に、
それらをそろえる手間ヒマ代(市町村によるが時間がかかる)を加味して、2万円。この程度の控除であっても、その普及度合いは飛躍的に伸びるものと思われます。
納税者に電子申告への協力依頼をする場合、まず質問があるのは、「何のメリットがあるの?」ということです。メリットを即答できるほどに「見える化」しない限り、今後も納税者の説得には多大な労力は必要になります。
納税者の利便性の向上策としてもう一つ考えられる手法があります。国税庁のホームページ(以後HP)にある「所得税確定申告書作成コーナー」を利用し、そこから直接電子申告できるようにする方法です。
現段階でも、このHPで作成したデータを切り出し、国税e-TAXシステムに組み込んで送信することは可能ではありますが、
この手法を使うものは極まれだと思われます。PCに慣れてない者にとって、データの切り出し組み込み作業は難解に思えるからです。
実際、平成16年度の実績値で、このHPへのアクセス件数は1,023万件。このうち当システムからカラーでプリントアウトして郵送した納税者は445万人。今後は軽く500万人以上の納税者になるものと思われますが、この納税者がそのままWeb上で電子申告できれば、納税者にとっては具体的に体感できるシステムとなります。これが実現すれば、電子申告の普及率は飛躍的に伸びることは間違いありません。このシステム作りも納税者に対するインセンティブの付与の範疇に入るものと思います。セキュリティについては、このシステムの利用者の条件や範囲を限定していけば、IDとパスワードの管理で対応できると思います。
税理士のインセンティブについては、各税理士会より提言があるとおりであります。多くの様子見派税理士が本音の部分で電子申告に積極的になっていない大きな理由の一つに、 「添付書類の別送」があります。そして、もう一つは、「納税者の署名押印」です。
「添付資料の別送」については、税理士がその資格を担保にしてチェックしたものであれば、添付書類の郵送を義務付けることにどれだけの意味があるのか疑問であります。
受側としてチェックする人員と時間が必要なだけです。また、税理士のチェックを信頼していないことにもなります。
さらに、税理士法33条の2の書面添付制度との併用も考えられます。税理士法33条の2の書面添付制度は、書面添付を行うことにより税理士の業務を信頼してその内容を認めていく制度であります。 そこで、この制度との併用で電子申告する場合は、添付書類を省略できると言う制度にすれば、両制度の申告割合の増加に寄与するものと確信します。ただし、この場合は、複雑な問題が包含されるため、電子申告の爆発的な伸び率には貢献できるとは思いません。
また、添付資料は郵便で別送するのではなく、イメージデータにして同時に送信できるようにすることも考えられます。 第3者証明された資料は必ず提出と言う条件の中で、これを省略できないのであれば、イメージデータにして添付送信することを認めるべきであります。この改善だけでも、別郵便を出さなくていいことになります。
納税者の署名押印」につきましては、矛盾した問題があります。「紙と電子を同等に扱う。」と言う説明を各方面で伺うのですが、これは質問の回答に困った時のだけの説明になっています。実務上、署名は本人の自記筆でありますが、捺印は認印で通常行います。電子署名をするということは本人を証明するものではありますが、同時に実印と印鑑証明書を添付することに匹敵します。その実印と印鑑証明書の添付を税理士だけでなく納税者、さらには法人の場合経理責任者(これは省略可能であるが、今までの申告と同じ状態にする場合に必要)にまで義務付けているのが現状です。税理士が電子署名をすれば後は税理士と納税者における信頼関係の中で考えさせることとし、納税者及び経理責任者の電子署名は省略を認めるようにすべきであると考えます。
これらの規定は要するに、国家が認定した資格業に対して、監督官庁が信用していないことになりかねません。昨今、国税庁では、確定申告時期の税務援助について、各税理士会にアウトソーシングする部分が増える傾向が顕著です。この点について税理士を信頼しているのであれば、電子申告の代理送信において、税理士が行った書類のチェックを認めないのは矛盾といえます。税理士が代理送信をするのであれば、税理士が添付書類を保管することで何ら支障はなく、もしそこに相違があるのであれば、税理士の資格を担保にしていけばよいと考えます。
また、署名押印についても、税理士のみが電子署名をすることが不安であれば、顧問契約書や業務請負契約書に類する書類を送信することに代えていくことで、 解決できます。納税者が電子申告する場合はチェック機関が無いため、添付資料の別送はやむをえないことではありますが、税理士に業務を委託すれば、添付書類の郵送が必要ないということになれば、税理士としては大きなインセンティブになり、様子見派の税理士も積極的に推進派になっていただけるものと考えます。
この目標に掲載された項目は大変重要であり、納税者に電子申告への積極的な協力を促す場合、この目標に該当する部分を強調しています。多くの納税者は、「国民の利便性の向上と行政運営の簡素化、効率化、高度化及び透明性の向上」を期待しています。
しかしながら、現状はこの目標達成の最大の阻害要因が、国又は地方公共団体の窓口担当者にもあるという事実を認識することが必要であります。
地方公共団体においては前段の「現状と課題」の項目にもありましたが、「住民サービスに直結する地方公共団体の電子化が十分でない」と言う点の実態があります。もちろんシステム的に各地方公共団体がその利権構造のためにそれぞれのベンダーと組んでソフト開発をしていまい、レガシーシステムの活用に頭を悩ませなければいけないこと自体も問題ではあります。しかし、システム的な問題以上に担当職員の電子化に対する意識の問題が阻害要因になっています。
たとえば、納税者にICカードの取得をお願いした場合に、もっとも苦情が多いのは、「役所の窓口で大変待たされた。」とか、2.3日後に取りに来るように言われたということであります。小規模納税者は暇ではなく平日働いているので、窓口に行くその時間が惜しい。そこをまげてお願いしているのにかかわらず、その扱いが的を得ていなければ、苦情が出てくるのは当然のことであります。
さらに、窓口で「電子申告をするのでICカードの発行を」と言っていただいたのに係わらず、担当者がその意味を解さず、住基カードの発行だけをして、公的個人認証番号の格納を怠ったまま、納税者に渡した例が散見されます。その納税者が事務所にカードをお持ちになり、いざ電子署名の段になって、公的個人認証番号の格納が無いことに気づき、電子申告を諦めた例がいくつかあります。 もちろん事前に、ICカード取得のための説明書を渡し、何度も解説誘導しても、納税者には公的個人認証の話はなかなか浸透しません。役所の窓口が電子申告を理解して、指導できるようにならない限り、今後もこのような事例が出てくるものと思われます。なっています。
アメリカのアドビシステム社のアンケート調査によれば、「税還付処理の迅速化」が、電子申告の利用率向上に役立つことを発表しています。
http://www.adobe.co.jp/aboutadobe/
pressroom/pressreleases/200504/20050415taxsurvey.html
しかしながら、名古屋の税理士が全国に先駆けて経験した電子申告の結果は、電子申告をしたことにより、例年以上に還付処理が遅れたという事実であります。各担当署に確認したところ、「なにぶん初めてなので慎重を期するために、紙の処理が終わってから後で行った。」と言う回答を得ました。平成17年においてはそのような事例は減少したものの、積極的な電子申告の協力者が次の年から紙に戻して申告した現実があります。
これもやはり、処理担当者レベルが電子政府構想の重要性意識を持ち合わせていなかったことによる事例と言えます。国・地方公共団体の窓口担当者に至るまでの、電子政府化構想の重要性の啓蒙と、この推進が公務員の人員削減のツールではないことを認識していただくことが肝要急務と言えます。
目標の数値については、国税庁は平成18年度において130万件という数値を掲げています。平成17年12月が終了した現在において、167千件を超えたところですから、このままでは130万件は到底到達できるとは思えません。 このまま放置しておいて、平成19年度に大幅な見直しをされるのでしょうか。
地方税電子化協議会の見解では、2009年(平成21年)までに、地方税は市長村に至るまですべての足並みがそろうと聞いていました。 しかし、その段階で足並みがそろったとしても、「2010年度までにオンライン利用率の50%以上」は達成可能でしょうか。少なくとも、電子申告・電子納税の分野においては、現状のままのシステムでは難しいと考えます。
目標達成のためには、全ての公務員の電子政府に対する意識改革が必要です。
特に公務員は給与所得者であるために、年末調整で処理され、自らの税に対する意識が希薄になる傾向があります。 せめて、税に携わる国・地方公共団体の方々だけでも、年末調整の後に確定申を電子で行うことを運動として行って欲しいものです。年末調整で何かの控除証明書を所属の事業体に提出忘れしたことにすれば、確定申告をすることになります。電子申告を推進する者が電子申告を経験してない限り、それを推進するのは無理があるものと考えます。
実際、電子申告の推進と言うことで、日本税理士会から国税庁を訪問させていただいた時のお話や、名古屋国税局長殿との直接の座談会においては、電子政府に向けての情熱や意識の高さを感じてまいりました。また、私の所属する所轄税務署の署長及び副署長・総務課長までは電子申告について積極的な取り組みをしようとされていることを痛感しております。さらに、国税庁の担当官は、私どもの昼間の質問に対して深夜に及んでまで真剣に検討し携帯電話に回答してくださると言う、情熱を感じ、感動したこともあります。
しかしながら、同時に私ども税理士は税務調査等で直接現場担当である税務調査官とお話しする機会も多い職種であります。 その場合、担当者に意見を求めても「本職には関係ないこと」と言う雰囲気がほとんどで、電子申告や電子政府構想に積極的に賛同している担当者にお目にかかっていないように見受けられます。
ひどい場合は、電子政府化により人員削減が自分の身に及ぶことを懸念したり、調査の手法が大きく変化することで仕事がやりにくくなることを敬遠しようとする態度の担当者もいます。
このように指導推進側の組織の上下における温度差が大きすぎることが、電子申告の阻害要因であります。全公務員自身の電子申告への積極的参加を期待いたします。
IT新改革戦略(案)では13項目の方策が掲載されています。この中で、私の現場体験からお話できる部分を述べます。
1〜5までの評価指標に異論はありませんが、数値化しないとその効力はあいまいに判断されることになります。 この数値までは達成しないといけないというインジケーターの役割を持たせることが必要です。たとえば、(数値の根拠はなく、あくまでも例示)
電子政府化キャンペーンをして、各自治体を競争させる方法も考えられます。
対前年度比50%UPしたら、地方交付金を1.5倍にする。UPしない市町村には地方交付金を分配しない。これらは、当に民間の考え方でありますが、こういう発想で推進していかなければいつまでたっても、わが国のIT戦略は絵に描いたもちになります。
電子申告の推進について考える場合には、諸外国の成功例を参考にするべきだと思います。
その参考データとして下記のものがあげられます。
http://libwww.gijodai.ac.jp/newhomepage/kiyo2004/P11-20.pdf
この論文の参考資料から、諸外国の電子申告(概要)の項目を見ますと、諸外国の実態が概ね見えてきます。
韓国は、総申告者数に占める割合が、源泉所得税で85.4%、総合所得税で、75.0%法人税で97.1%という利用率です。
韓国は法人税・所得税は2003年に電子申告を導入したのですから、わが国との電子申告開始の時間差は1年程度です。
にもかかわらず、この利用率は驚異的といえましょう。
成功要因は「インセンティブの付与」であります。法人税と所得税は2万ウォン(2200円)程度の電子申告による税額控除が設けられています。 それ以上に影響の大きいインセンティブは、税務申告を電子で行った代理人(税務士・公認会計士)に最大200万ウォンをバックマージンとして税額控除するというシステムです。さらに、国、国税庁が一体となってIT政府推進の結果を税務署ごとに公表しています。 また、税務申告書の電子署名は代理人のみのものでよく、さらに、個人の電子署名は銀行発行の証明書を国の認証として認めていて、876万人が既に取得しているということであります。(模範税理士 金鐘植士の話を東京税理士会の吉田友彦先生が報告くださった要約)
イタリアは2003年のデータで所得税1,267万件の全部100%が電子で行われています。これは2001年に紙による申告書の提出を廃止したことによるものです。 また、本人認証がPINコードのみで行われるところも、普及率向上に貢献しているものと考えられます。
オーストラリアは2002年分で所得税853万件のうち81%が電子で申告されています。この場合の成功要因は、添付書類の提出不要で、添付資料は仲介者が保管と言うことになっています。
フランスの2002年分所得税の電子申告率が1.8%、ドイツが3.9%と低調であるのは、添付書類を別郵送しなければならない点に共通の推進阻害要因があるようです。
アメリカは2003年分で49.2%ということではありますが、2004年の単独の電子申告は、前年比12%増で増加率が著しいようです。 この要因としては、本人確認が社会保障番号(納税者番号)を使用していることと、パソコン通信であったものが納税者と仲介者の間でインターネットが可能になったこと、 さらに、特定の低所得者について、電話申告制度を導入していることが上げられます。
諸外国の電子申告推進成功要因のほとんどは、私どもか当初から各方面に提言している改革案と同じ場合が多く、これを実践した状態であります。 特に韓国は複合的に積極的な推進施策を講じています。日本における電子申告が今後、ドイツ・フランスのような進捗度にならないためには、 成功した国の要因を分析し、そのノウハウを参考にして行く必要があるものと考えます。
「答えは出ているのにどうして踏み切らないのか。」これは私の疑問です。
国はセキュリティの重要性を考えすぎて、利用者の使いやすさをおいてきぼりにしています。各担当者がセキュリティの問題で責任を追及されないような仕組み作りに莫大な予算を投じて、かえって、納税者・利用者にとって大きなハードルを作ってしまいました。いまは、それを取り除き、優先順位を変えていくことが、IT新改革戦略のあるべき姿だとおもいます。セキュリティに関するトラブルは、政治的にアナログで対処していくべきです。
また、ITにより本当に新改革戦略を構築するのであれば、民間の発想を大いに参考にし、諸外国の成功事例を順次採用していくことが必要です。電子政府の計画が順調であれば、細かい「改善」であれば、現場の意見を集約することで足ります。しかしながら、今は、「改革」が必要な状態です。それも抜本的な改革です。このためには、政府の意思決定による強力なトップダウンと、有効な情報を有する現場との親密なコミュニケーションが必要です。
電子政府の本格的な実現のために政府の英断を期待申し上げます。